在日にはヤクザが多いという噂をよく耳にします。 またヤクザが逮捕されたニュースなんかでも、在日のヤクザをよく目にすることはないでしょうか。
もしかするとあなたも、このような噂の真相について知りたがっているのではないでしょうか。
実はこの噂あながち間違ってもいません。 ではなぜ在日にヤクザが多いのでしょうか。
当コンテンツでは、これを詳しく解説していきたいと思います。
在日にヤクザが多い理由

在日にヤクザが多い理由は単純で、他に生きる術がなかったからです。
戦後間もないころ、在日の人たちは日本の差別と貧困の中で生きてきました。学校にも通えず、就職差別もあり、ろくな職にも就けませんでした。
そのような中、一部の朝鮮人たちがヤクザの道を選んだのです。
戦後の闇市では、在日朝鮮人の愚連隊が幅を利かせていたこともありましたし、広域暴力団に所属する在日朝鮮人のヤクザはたくさんいました。
ヤクザの6割が被差別部落、3割が在日という話
「ヤクザのうち6割が被差別部落、3割が在日」という話があります。
この話の出所は元公安調査庁の部長による講演会によるものです。
しかしこの根拠とされているのが、髙山清司六代目山口組若頭 の発言によるものとされており、かなり信ぴょう性を欠きます。
質的なデータを示さず、 「ヤクザのうち6割が被差別部落、3割が在日」 とは随分乱暴な話ですね。
在日のヤクザ映画
任侠映画はVシネマが有名ですが、ヤクザ映画をみていくと在日朝鮮人が登場する作品を多数みつけることができます。どれも実在した在日のヤクザがモデルとなっており、時折、当時の在日の状況を描いたシーンもみることができます。
在日の登場するヤクザ映画を紹介してみたい思います。
実録 柳川組 大阪戦争百人斬り

こちらは、かつて 「 殺しの柳川 」と恐れられ柳川組の組長柳川次郎(本名は梁元錫)がモデルとなったヤクザ映画です。
柳川次郎は釜山で生まれ、両親とともに日本に渡ってきます。戦後、祖国が解放されると家族は帰国をしますが、次郎は直前に喧嘩に巻き込まれ一人日本に取り残されます。
日本に残された柳川は、谷川康太郎(本名:康 東華)とともに愚連隊に加わるようになります。そして釜ヶ崎で幅を利かせていた組員100人を抱える鬼頭組をたった8人で殴り込みをかけ壊滅に追い込みます。
この事件を契機に柳川は柳川組を旗揚げし、後に 山口組若頭地道行雄と兄弟盃を交わし、 山口組随一の武闘派集団として知られるようになります。
修羅場の侠たち 伝説の愚連隊・盟朋会

大阪・鶴橋の国際マッケートを拠城に、韓国・朝鮮系の若者を中心に結成された新興愚連隊盟朋会は、昭和30年代に入ってミナミにも進出、急速に勢力を伸ばし、やがて構成員は1000人を超えるほどに膨れ上がった。
商品紹介より
数多くの組織が縄張り争いを繰り広げるミナミに強引に割り込み、老舗のヤクザ組織も恐れをなすほどの武力集団となった 盟朋会の中にあって、組員安田アキラの容赦ない暴れっぷりもまた熾烈を極めていた。だが、そんな中、日本制覇を目指し破竹の快進撃を続ける神戸・山賀組の巨大な波が、大阪にも迫ろうとしていた…。
歴史的経緯を理解する

過去に前東京都知事の石原慎太郎氏が外国人犯罪を取り上げ、「犯罪者的DNA」などと発言し、問題となったことがあります。
ここまで解説してきたとおり、在日にヤクザが多い理由は、歴史的経緯や当時の状況がそうさせたのでした。
在日にヤクザが多いという話と民族性を結び付けて、在日には凶悪な人が多いというステレオタイプな見方をする人もいるかもしれません。
しかし現在では当時とは状況が異なるため、ヤクザになる在日の人はほとんどいないでしょう。
ネットなどの情報を鵜呑みにせず、客観的事実を直視しなければなりませんね。
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